19

真夏と言ってもいい気温だが、周囲に高層の建物がない為三階部分は風通しが良く今も汗が流れ落ちる程ではない。
カカシは気持ち良さそうに眠り続けている。昼飯を食べさせる為に無理に起こす必要はないだろう、とイルカは判断した。
表面が乾き始めたサンドイッチを丁寧にラップで覆い、腐敗も気になって冷蔵庫にしまう。僅かに口角を上げて笑うように眠るカカシを一瞥し、掃除の続きを始めた。
少しもたつきながらベッドマットを戻す。外に出す時は適当に放り出せたが、ベッドの枠にきっちり納めるのは案外手間が掛かった。
封を切られていないカバー類が、作り付けのクローゼットに積み上げられていたのをさっき見たから全てをセットして終了だ。
「終わった。」
まだ外は明るいが、夕方と言っていい時刻になってしまった。
イルカはソファの脇に膝を着き、少しも体勢を変えずに眠るカカシの顔を覗き込んだ。熱は、と額に手を当てる。
下がる訳はないか―。ひとりごちて、冷蔵庫からサンドイッチを取り出した。
自分も一緒にと思って食べていなかったから、大分空腹だ。カカシにはまた新たに何かを作って食べさせようと、テーブルに向かいラップを剥がし始めた。
「あ、狡い。」
声が背中から聞こえて驚く。振り向けない程近くに立つカカシが、イルカの肩越しに綺麗に筋肉の付いた腕を伸ばし一辺のサンドイッチを掴んで口に運んだ。
「おいひい。」
「ありがとうございます。でも時間がたってるので、カカシ先生には何か作りますよ。」
口一杯に詰め込んだ不明瞭な声は、こへがひひのと聞こえた。これがいいのって言ったのかな、と首を傾げるイルカの隣に椅子を引き寄せて座ったカカシはまだ眠そうだ。
随分寝ちゃいましたかねえ、と欠伸のついでにカカシは両腕を上げて伸びをした。ぱきぱきと骨が鳴るのは、無理な姿勢で眠っていたからだろう。
「もうベッドは使えるので、今からでも手足を伸ばして眠れますよ。」
怠いのか凭れ気味に密着してくるカカシから少し距離を取りながら、イルカは満足気に掃除が終わったと告げた。
嘘っ、と身体を捻り開いたドアの向こうを覗き込んだカカシはイルカに向き直って肩を落とした。
「手伝いたかったのに。」
ごめんなさい役立たずで、と逆立った頭を振って謝る姿が子供っぽくてイルカは鼻から息を漏らして笑いを堪えた。
「カカシ先生が謝る事じゃないですよ。俺こそ、勝手に部屋を弄った事を謝らなきゃいけません。」
「ん? 別にイルカ先生に隠す事は何もないから大丈夫。」
ねっ、と微笑まれてイルカはお茶を淹れましょうと立ち上がってしまった。胸の鼓動が聞こえてしまうのではと慌てたからだ。笑顔で人が殺せる事はあるのかもしれない、と高鳴る胸を押さえた。
「でももう一つの部屋はちょっと内密の危ない物があったりして、オレが一緒でないとまずいんです。」
内密と言いながらも、イルカには見せるつもりだ。封印の札がドアには貼ってあったから、イルカはその部屋を掃除をしたいと口に出す事も憚られたのに。
「いや、でも。」
「大丈夫、あの部屋の壁には結界札が埋めてあるから暴発しても外には漏れないし。」
じゃなくて!
だが何と言えばいいのか解らなくて、イルカは仕方なく解りましたと返事をした。
サンドイッチには合わない緑茶を啜りながら、カカシは食べ進める。つられてイルカも半分を食べた。
また今日も食事の時間がずれた。夕飯はどうしよう。
「イルカ。」
夜が膝の上に飛び乗った。前足をテーブルに掛けて、パンのカスしか残っていない皿を覗く。
「あたしの好きなツナマヨとフルーツミックス、なんで残しておかないの。」
あ、と気まずそうにイルカがカカシを見た。
あ、と気まずそうにカカシが夜を見た。
「ごめん…オレが、食べた。」
「違う、俺が夜の分だって言わなかったから。そ、それに夜が出てこないのが悪いんじゃないか。」
だってさあ、とざりざり音を立てイルカの唇を舐めながら夜は憤慨していた。うん、とひとこと促すように相槌を打ち夜が言い出すまで黙ってるイルカの姿勢はしっかり先生らしく見える。
「爺様に呼ばれたのよ。カカシの様子を聞かれたわ。」
言い淀んでいるように見えるのは気のせいか。カカシはさりげなく夜を観察した。
油漬けではなく出し汁漬けのツナ缶を鞄から取り出したイルカの足元で、夜はにゃあにゃあと猫らしく喚く。
ご飯を要求する時に人間の言葉を使わないと、何よりもあたしを優先してくれるの。
そんな事を言ってたな、とカカシは目を細めた。
「ねえ、山猫って普通ににゃあって鳴くんだっけ。」
ふと意地悪をしたくなって、夜ににやりと笑い掛ける。夜の思惑を知るとわざとらしい鳴き方にも思えたからだ。
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