12 カカシ
とてつもなく安易な作戦だったが、密偵は日暮れ前に無傷で捕獲できた。オレの出番は全く無しって、まあいい事なんだよね…うちの里は皆が強いんだよね(ちょっとしくしく)。
商店などには家の仕事を継いだ元忍びや育児休暇中のママ忍びが、知られてはいないが案外多い。知らない顔を見かけたら後をつける、なんてごく自然な日常なのだから。…自然?
密偵から芋づる式に草の忍びまで見付けられて良かったのだが、草が入り込んでいた事が町の彼ら彼女らにはプライドをいたく傷付けられたようだった。

公然とイチャイチャできる事もなく、イルカの部屋で脱け殻になったオレを更に魂を抜く出来事が襲う。
あのマダム(おばちゃんとは決して言えない)達と、商店街のおっちゃん(こちらは自覚があるからいい)達が結託してイルカに教えを請いにやって来た。
アカデミーの授業をおさらいしたいのだと!
何でも家でこどもらに、草が近所に潜入してたのに気付けなかったんだから一緒に勉強し直そうか、と馬鹿にされたらしい。
こどもは怖い。
確かにね、実技はともかく理論などは勉強して損はないから、オレも教わろっかな。…イルカ限定だけど。手取り足取り。
なんて考えていたら途端に殴られた。
「あんたは何でも口に出すから恥ずかしい、アホ丸出しの変態め。」
「愛してるって口にしなきゃ判んないでしょうが、あんたは。」
おー我ながらいいツッコミだ。イルカは真っ赤になって知りませんって横を向いちゃったけど、茹で蛸のような顔が可愛い。
あのぉ、と狭い玄関先にひしめき合う人々がオレ達の顔を伺う。忘れてた。
「狭い部屋ですが、よければ中へどうぞ。」
イルカがにっこりと中へと促せば、お邪魔しますと全員が入ってきた。
オレは片隅で一人、二人、と何となく数えていたが、二十人を越えた時点でやめた。
ねえねえ夜だよ、あんたら店は? 家庭は?
イルカはスルーだ。いいんかい!

「カカシん坊、これ差し入れだい、宜しく。」
火影の次に逆らえない長老まで。あんた今更勉強でもないだろう、イルカ目当てかよ。
溜め息を飲み込んで、オレは誰かが持参してきた紙コップに、これも誰かが持参してきたお茶を注いで回った。全員で三十八人。
六畳二間に四畳半の台所は、もう追加の一人も入れない程の芋洗い状態だ。オレは何故か台所の丸椅子に体育座りで、イルカの背中に控えている。
帰ろっかな。
「カカシさん。」
何、やっぱりイルカも帰れって言うの?
「敵の見分け方についての、誘導尋問にお付き合いしてください。」
「はいはい、何をやったらいいのかなあ。」
浮かれて語尾も上がっちゃったけど、アカデミーでは誘導尋問なんか…あるんだろうか。
イビキのやり方は悪どいからもう少し初歩の、じゃなく初っぱなからアレかい。汗がたらりと背中を伝っていくのが判る。
近い、イルカが近い。そして最上の微笑みだ。
笑いながら周囲に解説をしている。
「パーソナルスペースに相手が何処まで自分を入れてくれるか、まず見極めて下さい。」
触れる程側に寄れれば、気を許してくれているので会話が弾みます。とイルカは振り返り、ぐるりと見回して金物屋のおかみさんに笑いながら近付いた。
「ああ、お会いしたかった。奥さんの顔を見ると何故か安らぐんですよ。毎日でも会いたい。」
途端に体格の良いおかみさんが真っ赤になった。
「この柔らかな頬、すべすべで張りがあって、…素敵だ。」
ちょんと頬をつついて、最後の台詞は間を開けて丁寧に言葉を紡ぐ。
あ、おかみさんが昇天。下敷きになった男二人も気絶した。
それを放って、イルカは隣の旦那さんにも笑い掛ける。
「日焼けした顔に刻まれたシワが人生を語って、素晴らしい生き方を貫いてらっしゃる事が一目瞭然です。」
ふ、と斜め下を向き、オレなんかあなたの足元にも及ばない、側にも寄っちゃいけないんだ…、と余韻を残して背中を向けた。
旦那さんも真っ赤だ。相手は男だってのに、イルカの流し目の威力は凄い。
オレは茫然と、口を開けたままそれらを眺めていた。
「こんな甘言に乗って、草が入り込む隙を与えてるんですよ。皆さんはやっぱり緊張感が無さすぎです。」
いつになく厳しいイルカに、全員が項垂れた。
「イルカちゃんよぉ、だから頼みに来てんだよ、どう対処したらいいのか教えてくれよ。」
がばりと町内会会長が頭を下げた。
勿論ですと力強く言い切って、イルカが酒瓶を掲げた。
酒屋の差し入れを、今此処で飲むつもりなんですか、無謀だと思いますが。
思った事がまた口に出たみたいで、イルカは満面の笑みでオレに告げた。
「カカシさん、お手伝いはもういいですよ。先に親睦会やっちゃいます。」
うん、帰ろ。
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