16

三代目から動くなと釘を刺されて着替えを取りに戻る事もできず、二人はそのまま暗部に守られながら火影屋敷に向かった。

長い廊下を歩かされて辿り着いた部屋は、カカシは知らなかったがイルカには馴染みがある。そこでまた警護の暗部に何度訴えても、着替えは新しいものを用意するからとの一点張りだ。そして揃えられたそれはやはり、とイルカががっくり肩を落として溜め息をつくもので。
「あれ、着物?」
広げて翳したカカシが疑問に思うのも仕方ない。
「はい、三代目の趣味で着物が与えられるんです。夏には麻の単衣で冬にはウールの着物、時には何を考えているのか絹や紬が揃えられている事も。どれも非常に高価なものですが、部屋着だそうです。」
両親を亡くした際には、イルカの処遇が決まるまでの暫くこの部屋で寝起きした。その時も既に独立していた長男のお古の着物を貸与されたのだという。
流石に寝間着は木綿だから、座敷に寝転がると眠ってしまうイルカは大体すぐに寝間着に着替える。
「なんならお前にやるぞと言われても、忍びになろうという子供が着物など着ませんからね。」
丁重にお断りしたらばそうかと頷くさまが悲しげだったので、置いてもらう間だけ着用していました。
そう懐かしげに微笑んだイルカに、先生はそうやって人の事ばかりだとカカシは笑って小さな溜め息をついた。
「でもさっき、三代目が巻物の整理でもしてろと言ったら嬉しそうにしていたでしょ。何か思い出があるんじゃないの?」
カカシの洞察力には敵わない。イルカははいと大きく頷いた。
実は子供の頃何度も泊まっていた、と打ち明ければ少なからずカカシは驚いたようでイルカは意趣返しができたとふふっと肩を竦めた。
「忍びとしてはたいして力もない俺ですが、両親は二人とも上忍でした。アカデミーに入ってからはよく一人で留守番を──一人っ子だったので、家から出ることもなく一人遊びをしていました。」
ふう、と息をついてイルカは辺りを見回す。
当時はアカデミー生で忍びの卵としてひと晩なら一人で留守番もさせたが、十にもならない子供をふた晩以上は一人にしてはおけない。上忍の両親は預け先がなく、任務として誰かが家に寝泊まりしてくれるよう依頼を出していた。
それを知った三代目が不憫に思い、どうしようもない事態の時に預かってくれる事になったのだった。
「息子さん達が二人も続けて家を出られて、三代目も寂しかったんだと思います。」
 「そうなんだ。身代わりかもしれないけど、随分可愛がってもらったみたいだね。今だっていい大人なのに子供扱いされてる。」
ふふんとカカシが鼻で笑う。やっぱりそう見えますよね、とイルカは頬を染めて俯いた。
でも公私のけじめはついているから誰もが微笑ましく見守っているんだよ、と付け加えることをカカシは忘れない。

イルカが母屋の渡り廊下から繋がる縁側に腰を下ろして庭を眺めている間に、カカシは習性で部屋の中と周囲を探った。火影屋敷であろうともしもはある。
その後はする事もなく、二人は交互に風呂に入った。先に入ったカカシが脱衣所の藤籠に見付けたのは、イルカが選んだ少し生地の目が荒く着やすそうな着物だった。その上に置かれた帯を見ても、さてどうやって結んだらよいのか解らない。
とりあえず着物に袖を通して前の合わせを手で押え、イルカの元へ戻る。
「イルカ先生、オレ帯が締められないんだけど。」
「え、カカシ先生にできない事があったんですか。」
「結構ありますよ、日常生活では割と知らない事多いんです。」
知らないという事を胸を張って言うカカシにイルカは笑った。変な人だと思いながら、カカシの手から畳まれた帯を奪って広げた。
「男帯の結び方は種類が少ないので楽ですよ。前で結んで後ろに回して。」
その前に、と正面に立って襟を直す為にカカシの首に両腕を回す。まるで抱きつこうとするような姿勢にどきりと胸を弾ませたカカシが一歩下がってしまい、イルカはバランスを崩しカカシに向かって倒れ込んだ。
「あ、す、すみません。」
「いやオレこそ、首の後ろに手が回るとは思わなかったので。」
そこでイルカは気付く。忍びになんて無作法な事をした。しかも最前線に立つ上忍に。
子供相手の癖で、とは言い訳がましい。自分も忍びではないか、誰かに同じ事をされたらどうする。
「申し訳、ありませんでした。」
いやいやとカカシの方が申し訳なさそうな顔をする。
「先に声を掛けてくれればいいよ。」
「解りました。では襟を直して前を合わせます。それから帯を腰に回しますので。」
心持ち先程より距離をとり、なるべく身体に触れないようにイルカはカカシの着付けを終わらせた。
濃紺の紬に、帯は辛子色の幾何学模様を合わせた。つっと数歩下がって全身を眺めると、カカシの均整の取れた身体と彫刻のような整った顔に溜め息が漏れた。

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