14

小走りに駆け寄ったドアの前でイルカは立ち止まった。
俺は一体カカシ先生になんて言えばいいんだ。
ありがとうでもごめんなさいでもない、お疲れ様なんて言葉では殴られてもおかしくない。
一歩二歩と後ろに下がる。そしてそこから動けなくなった。
三代目火影がイルカの隣に立った。馬鹿者が、と肩を震わせイルカを笑う。
「お前は昔から行動が先だったな。」
ぽんと叩かれた背中のその場所には、かつて同僚のミズキが里を裏切ろうとナルトを利用した際に負った傷跡がある。ミズキに向かうではなく自分の身でナルトを庇って大型手裏剣が刺さったなんて、忍びとしては大笑いのエピソードだろう。俺はあれから全く成長していないのだと、思った途端にイルカはがっくり項垂れた。
「はあ、本当に俺、何してんでしょうね。」
もし今戦いに身を置いていれば、一日目に死んでいただろうと自分でも確信がある。うっかりして、なんて敵に囲まれて言えるものか。
火影とイルカはドアの前に立ったまま笑っていた。
カカシが入りますと声を掛けてドアを開けたところでたたらを踏んだのは、目の前で笑顔のそんな二人に驚いたからだ。
「……一体何をしてるんです。」
三代目が、イルカがほんの子供だった頃から目を掛けていた事は聞いていた。以前この部屋で三人で話し合った時も礼節はわきまえていたものの、イルカにまるで緊張感がなかったから今でもそれなりに私的な付き合いはあるのだろうとカカシは察していた。
だが今肩を並べくすくす笑いながらカカシを迎える姿がまるで祖父と孫のようだし危機感もなく、呑気だなぁと少しばかりむっとしながら呆れたのだった。
「すまん、こやつが一向に大人にならんので困っておってな。」
「俺、カカシ先生を迎えようとドアの前まで走ってきてしまい、それからどうしたらいいか判らずにちょっとここでうろうろしちゃって。」
心で溜め息をつきながらなるほど、とカカシは小さく頷いた。
「それはどうもありがとう。では話をする為に二人とも奥へ行って下さい。それともここで腰に来るような長い立ち話をしたいんですか?」
顔を見合わせた三代目とイルカは慌てて部屋の真ん中へと戻る。火影が椅子に腰掛けると、イルカは少し間を空けて脇に立った。
カカシはドアに消音の札を張り、ゆっくり大机の前へと歩いた。火影は椅子に深く腰掛け、笑いを引っ込めると前に立ったカカシを見上げて報告を促した。
「とりあえず、オレの首を狙ってきた奴らは全員殺さずに捕獲しました。雑魚とはいえ十人以上同時だから、殺した方が楽でしたよ。」
あっさりと世間話のように吐いた言葉に、イルカは先ほどの映像を思い出す。最も死に近い場所に長年立ち続けて里を守ってきたカカシが、今までまともな神経でいられた理由を知りたいと本気で思って奥歯を噛み締めた。
「カカシが囮になったお陰で敵の勢力はかなり分割され、本来の目的を持った奴らが炙り出された。イルカを拐った木ノ葉の若い研究員二人と、そのボスと呼ばれる男は泳がせてある。」
いつもすまんな、と何かとカカシに押し付けている事を詫びる。しかしカカシのように命令一つで言われた事の十倍の仕事をする者は、上忍の中でも少ないから仕方ない。たまに口は悪いが裏表なく、絶対的な信頼がおける男だ。
カタがついたら何を褒美にやろうかと、火影は眉を下げたまま微笑んだ。
「カカシ先生、ボスと呼ばれた男と手下達の様子から見て、といっても俺は声しか聞いてないんですけど。」
拐われた事は恥ずかしいが、今はそんな些細な感傷には蓋をしておいて。
イルカはなるべく詳しく思い出そうとした。
「木ノ葉を裏切った研究員二人が、四人の成金を襲ったと見ていいと思います。」
イルカは研究員達の少し変わった結界術で捕まった。全く知らない術だった。それは偶然なのか、裏切った研究員達の隣の部屋は忍術の研究室だ。木ノ葉の里の忍び達が誰でも使える新術を開発する部署である。だから彼らが上手いこと手に入れた新術をイルカや殺された成金達に使用したとしても、不思議はない。
ボスは金を奪った時もこうしたのかと、イルカの捉え方を見ながら感心していた。被術者の周りに張った結界を手で押すだけでどんどん縮められて、被膜のようにぴったりと身体全体に沿わせればもう拘束と同じ状態になる。ただあの時のイルカの場合には、他の場所に閉じ込める前提の為にそこまでする必要がなかっただけだろう。
あと、とそこで躊躇い口を閉じたイルカをカカシの右目が言えと促す。細められた目から発する圧力が怖い。
「そのボスですが、はっきり言って指導者の器ではありませんでした。威嚇し従わせているようにしか見えず、多分……更に上で操っている者がいるのではないかと。」
憶測ですが、と断りを入れればカカシも可能性はあると同意してくれた。
「先生の言う事、信じるよ。」
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