「うみののひっていうのぉ!」
「海の日だってば!」
「ちがうのぉぉぉ、うみののひなのぉぉぉ!」
「それこそちがうでし、」
「ちがわない!」
「解った、解ったから泣き止んでくれよ!」
道端で年端もいかない子供が号泣し、いくつか年長の少年がおろおろとしながら宥めている。
行き交う大人達の中には怪訝顔の者もいるが、大抵は微笑ましいといった笑顔で通り過ぎる。いつもの光景だからだ。
春から忍者アカデミーに通い始めた、小さな子供の名前はうみのイルカ。
今月は海の日という祝日があってその日はお休みです、と先生に教わった。
そうかおれんちにはしゅくじつってやつがあるんだ──と何をどう聞き間違えたのか耳から脳に先生の言葉が到達するまでの一秒足らずの間にそんな風に誤変換した。
多分机にいたずら書きをしていたから半分しか聞いていなかったのだろう、迎えに来た少年に知ったかぶりでおれんちさぁと話し始めた。少年がそれを遮り幼い子供相手にそれは海の記念日というものが元々あって、と理論的に否定するような言葉を連ねた為にこのような事態になったのである。
少年の名ははたけカカシ、イルカより4つほど年長で既に中忍となって何年か経つ天才忍者だ。留守がちの上忍の父と二人暮しという事もあり、近所に住むイルカの両親には嫌というほど甘やかされている。イルカの両親もまた上忍で、カカシの父にも嫌というほど世話を焼いていた。
とにかくいたずらっ子できかなくて、アカデミーの往復の道すがらにどこへ行ってしまうか解らないイルカだった。入学して最初の三日間、遅刻の言い訳はだって虫が子猫がと忍びになる為の勉強に通っている自覚はないようだった。
「カカシ君、お願い。」
任務の合間に、許される限りイルカの送り迎えをして欲しい。せめてひと月、イルカにアカデミー生としての自覚が芽生えるまでとイルカの母に手を合わせて懇願された。世話になっているから断れない。イルカの母には特に嫌だなんて言える立場ではなかった。陰でカカシを見下す大人を叱ってくれているのだ。お陰でそういった奴らと組んでも馬鹿にされる事は殆どない。
「本当に合間だけですよ。」
仕方なく引き受けたが何故かカカシの高ランクの任務が暫く減って、日帰りの任務も明るいうちに終わるものばかりになった。
これは操作されている、と感じたがまあ今は特に行きたい任務もないから少しくらいいいだろう。カカシは規則正しい毎日に戸惑いながら、ほぼ毎日イルカの送り迎えをしているのだった。
「じゃあさ、うみのの日ってのは何をする日なの?」
もう訂正も疲れて、いつか気付くまで放っておくかとカカシは諦めた。
「……なんだよ、カカシならわかるだろ。」
ああこれは言ってはみたけどよく解ってないやつだな。
「そうだ、オレは中忍だからな。知らない事はないぞ。」
からかってみれば、イルカは真っ赤な顔でカカシを見上げて下唇を噛んでいる。一人っ子で大人の忍びに囲まれて育っているイルカには、カカシの言葉がやはり悔しいのだろう。
「イルカもアカデミーでちゃんと勉強したら解るよ。もっともっと、そしていつかオレより物知りになるかもしれない。」
しゃがみこんで同じ目線の高さで話せば、イルカの真っ黒な目がきらきらと輝き出した。
恥ずかしそうにほんのり染まった柔らかそうな頬をつついてみたい。あれ、オレは何を考えてるんだ。
自分も頬が染まった自覚があるから、顔を隠す布を更に上へと引き上げた。何かを振り払うようにカカシは勢いよく立ち上がると、イルカの手を握ってさっさと歩き出した。引きずられながら後を付いていくイルカの、待ってという声にも返事をせず。
「あの頃はホントに可愛かったよねえ。まあ今もオレには一番可愛いんだけど。」
「煩い、このどスケベ! あの後ずっと俺の邪魔ばかりして恋人も作らせずに二十年近くもさ!」
「おやイルカ先生、話に脈絡がありませんけど。どスケベと恋人を作らせない事にどういう関係があるのかな。」
裸のイルカを絹の衣で包んで抱き締める。カカシは今やアカデミー教師となったイルカの教え子達を部下とする、里でも有数の腕を持つ上忍師だ。
「お前が俺を嫁にするってずーっと喚き立てるから、アカデミーでも女の子が寄って来ないしそれから先はもう見るも無残な青春時代だったんだからな。」
イルカは衣を頭から被って丸くなった。腰の痛みと内側の痺れに下唇を噛む。
ちらと衣を捲ってその顔を見たカカシが、思い出したように微笑んだ。
「うみののひっていうのぉ、って泣き喚いたのを覚えてる?」
「……う、あ、あれは!」
「あの時、オレはイルカを初めて意識した。初恋ってやつだ。」
「そんな恥ずかしい事、よく言えるな。このクソ親父。」
「酷いなあ、イルカとはたった四つ違いじゃないの。」
ちゅ、と音を立ててイルカの頬に口付けたカカシは幸せそうに目を細めた。
「今日は海の日だから、俺の日だぞ。」
真っ赤になってカカシの背中に張り付くと、イルカは指で文字を書き始めた。勿論カカシにはなんと書かれたか判っている。
「はいはい、何でも言う事聞いてあげるからその文字を口に出してくれないかな。」
言えるか、馬鹿。
背中で小さく呟いたイルカが、腕を広げてカカシに抱き着いた。
「海の日だってば!」
「ちがうのぉぉぉ、うみののひなのぉぉぉ!」
「それこそちがうでし、」
「ちがわない!」
「解った、解ったから泣き止んでくれよ!」
道端で年端もいかない子供が号泣し、いくつか年長の少年がおろおろとしながら宥めている。
行き交う大人達の中には怪訝顔の者もいるが、大抵は微笑ましいといった笑顔で通り過ぎる。いつもの光景だからだ。
春から忍者アカデミーに通い始めた、小さな子供の名前はうみのイルカ。
今月は海の日という祝日があってその日はお休みです、と先生に教わった。
そうかおれんちにはしゅくじつってやつがあるんだ──と何をどう聞き間違えたのか耳から脳に先生の言葉が到達するまでの一秒足らずの間にそんな風に誤変換した。
多分机にいたずら書きをしていたから半分しか聞いていなかったのだろう、迎えに来た少年に知ったかぶりでおれんちさぁと話し始めた。少年がそれを遮り幼い子供相手にそれは海の記念日というものが元々あって、と理論的に否定するような言葉を連ねた為にこのような事態になったのである。
少年の名ははたけカカシ、イルカより4つほど年長で既に中忍となって何年か経つ天才忍者だ。留守がちの上忍の父と二人暮しという事もあり、近所に住むイルカの両親には嫌というほど甘やかされている。イルカの両親もまた上忍で、カカシの父にも嫌というほど世話を焼いていた。
とにかくいたずらっ子できかなくて、アカデミーの往復の道すがらにどこへ行ってしまうか解らないイルカだった。入学して最初の三日間、遅刻の言い訳はだって虫が子猫がと忍びになる為の勉強に通っている自覚はないようだった。
「カカシ君、お願い。」
任務の合間に、許される限りイルカの送り迎えをして欲しい。せめてひと月、イルカにアカデミー生としての自覚が芽生えるまでとイルカの母に手を合わせて懇願された。世話になっているから断れない。イルカの母には特に嫌だなんて言える立場ではなかった。陰でカカシを見下す大人を叱ってくれているのだ。お陰でそういった奴らと組んでも馬鹿にされる事は殆どない。
「本当に合間だけですよ。」
仕方なく引き受けたが何故かカカシの高ランクの任務が暫く減って、日帰りの任務も明るいうちに終わるものばかりになった。
これは操作されている、と感じたがまあ今は特に行きたい任務もないから少しくらいいいだろう。カカシは規則正しい毎日に戸惑いながら、ほぼ毎日イルカの送り迎えをしているのだった。
「じゃあさ、うみのの日ってのは何をする日なの?」
もう訂正も疲れて、いつか気付くまで放っておくかとカカシは諦めた。
「……なんだよ、カカシならわかるだろ。」
ああこれは言ってはみたけどよく解ってないやつだな。
「そうだ、オレは中忍だからな。知らない事はないぞ。」
からかってみれば、イルカは真っ赤な顔でカカシを見上げて下唇を噛んでいる。一人っ子で大人の忍びに囲まれて育っているイルカには、カカシの言葉がやはり悔しいのだろう。
「イルカもアカデミーでちゃんと勉強したら解るよ。もっともっと、そしていつかオレより物知りになるかもしれない。」
しゃがみこんで同じ目線の高さで話せば、イルカの真っ黒な目がきらきらと輝き出した。
恥ずかしそうにほんのり染まった柔らかそうな頬をつついてみたい。あれ、オレは何を考えてるんだ。
自分も頬が染まった自覚があるから、顔を隠す布を更に上へと引き上げた。何かを振り払うようにカカシは勢いよく立ち上がると、イルカの手を握ってさっさと歩き出した。引きずられながら後を付いていくイルカの、待ってという声にも返事をせず。
「あの頃はホントに可愛かったよねえ。まあ今もオレには一番可愛いんだけど。」
「煩い、このどスケベ! あの後ずっと俺の邪魔ばかりして恋人も作らせずに二十年近くもさ!」
「おやイルカ先生、話に脈絡がありませんけど。どスケベと恋人を作らせない事にどういう関係があるのかな。」
裸のイルカを絹の衣で包んで抱き締める。カカシは今やアカデミー教師となったイルカの教え子達を部下とする、里でも有数の腕を持つ上忍師だ。
「お前が俺を嫁にするってずーっと喚き立てるから、アカデミーでも女の子が寄って来ないしそれから先はもう見るも無残な青春時代だったんだからな。」
イルカは衣を頭から被って丸くなった。腰の痛みと内側の痺れに下唇を噛む。
ちらと衣を捲ってその顔を見たカカシが、思い出したように微笑んだ。
「うみののひっていうのぉ、って泣き喚いたのを覚えてる?」
「……う、あ、あれは!」
「あの時、オレはイルカを初めて意識した。初恋ってやつだ。」
「そんな恥ずかしい事、よく言えるな。このクソ親父。」
「酷いなあ、イルカとはたった四つ違いじゃないの。」
ちゅ、と音を立ててイルカの頬に口付けたカカシは幸せそうに目を細めた。
「今日は海の日だから、俺の日だぞ。」
真っ赤になってカカシの背中に張り付くと、イルカは指で文字を書き始めた。勿論カカシにはなんと書かれたか判っている。
「はいはい、何でも言う事聞いてあげるからその文字を口に出してくれないかな。」
言えるか、馬鹿。
背中で小さく呟いたイルカが、腕を広げてカカシに抱き着いた。
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