情事の後のカカシさんの勝手な約束が、まさかこんな形で叶うなんて。


「ねえイルカせんせ、もしオレが先に死んでも一人で生きててね。」
「いきなり何を言い出すんです。…縁起でもない事を。」
「誰も寄せ付けないで一人でいて。」
「いやだ、カカシさんがいないなんて考えられない。」
「イルカせんせが寂しくないように、ずうっと側にいてあげるよ。」
「でも死んだら側にいられない。」
「いられるよ。死んでも見守り続けるから。」
「できるならやってみてくださいよ。絶対です。」
「うん、そしてイルカせんせが死ぬ時にオレも一緒に逝くからね。」
「なあにを寝言言ってるんです。俺は寝ますよ、お休みなさい。」
「ちゃんと覚えておいてね。」

カカシさんはどこか情けないほど懸命に捲し立てていた。
だが柔らかな雲に乗る心地よさを邪魔され夢現から引き上げられて、苛々していた俺は本気にしていなかった。
愛情は過多と言ってもいいほど与えられていたけれど、だからこそ彼の言葉を軽く考えていたのだ。

カカシさんは死なない。
少なくとも敵に殺されるなんて、絶対にあり得ない。

だけどカカシさんは死んだ。
俺に詳細は知らされる訳ないと解っていたから、何も知らないままだ。

カカシさんの遺体は綺麗だった。
傷一つない。
そして左目は抜き取られたが、遺体は俺が引き取る事になった。
カカシさんの遺言だそうだ。
いいのか?

俺の部屋に運ばれたカカシさんをベッドに寝かせた。
傍らで見ていれば眠っているようだった。心臓の鼓動はなく、どこも脈は触れないのに。
それに、亡くなってから日にちがたつのに腐臭も弛緩もない。筋肉の張りは手のひらがよく知っているまま。
…まず体温があることが可笑しいだろう。

俺の質問には誰も答えない。
カカシさんの身体は荼毘に臥された事にもなっていない。

あの時のカカシさんの顔と言葉が、鮮明に脳裏に甦る。

死んでも見守ってくれるって本気だったんだ。嬉しい、嬉しい、嬉しい。
カカシさんは此処にいるんだ。俺だけのものなんだ。


一年たっても、二年たっても、カカシさんは何も変わらず眠るように、

死んでいる。

死んだ、じゃなくて死んでいる、なんだ。眠っている、とおんなじなんだ。

俺の日常は、カカシさんが生きていた頃とまるきり変わっていない。
仕事を終えれば帰宅し、食事を作り食べる。かつては其処にカカシさんがいたけれど、任務帰りで食事前にひと休みと言って目を瞑った彼は疲労のあまり熟睡し、結局俺は先に一人で食事する事も度々あったのだ。
ほら今だって同じ光景じゃないか。早く起きないかな、と待っていた過去と。


また月日は過ぎ、もう何年たったか俺は自分の年さえ解らない。
相変わらずカカシさんは眠るように死んでいる。
変わらない日常。ああ、変わらないから日常と言うんだったな。
カカシさんが俺のものだという事実も変わらない。
誰も、誰一人としてカカシさんの遺体をどうしたか聞いてこないのも不思議だが、カカシさんを取られたくないから俺からも何も言わない。


久し振りのA級任務。
しくじった。
任務は完遂できたが、俺は腹に深い刺し傷を負った。
俺は死ぬ。
教師の俺でさえ判別できない毒が既に身体中を巡っているんだ。
出血で意識が飛びそうだが、痛みがそれを引き戻す。手拭いを傷に押し込め止血し―それはまるで無駄だったが―俺は無理矢理歩いて帰還した。
だって、カカシさんの元に帰らなきゃいけないんだから。

部屋の前に暗部が一人立っていた。

立会人です。
そう厳かに言い、でも微笑んだ気配は仮面があっても判った。
立っているのも辛いから中に入って座りたい。そう言えば暗部は俺の身体を支え、部屋まで付いてきてくれた。
俺は崩れるように座り込む。しゃがみこんで目を合わせ、暗部はカカシさんの遺言だって一枚の紙を渡してくれた。
時間がない、早く遺言を読まなければ。

イルカ先生、オレに掛けられた敵の術は解けなかったんだ。だから先に死ぬけど、上手いことにその術の隙間にオレの術を入れる事には成功したから安心してね。
死ぬのに安心してなんてふざけてるかな。でもね、死んでも見守るって約束したじゃない。
オレの記憶と左目は里にやるけどそれ以外はイルカ先生のものになるんだよ。
だから、イルカ先生の側に俺を置いといてね。
先生が死ぬ時は一緒に、手を繋いで逝こう。


ありがとうカカシさん、一緒に逝くよ。

手を繋いだら判った。二人のチャクラでカカシさんの身体は保たれていたんだ。
振り向くと暗部が頷いた。
じゃあ、さようなら。
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