あんたなんか死ねばいいのに。

怒鳴って唾を吐いて、女は去って行った。
イルカは項垂れて足元を見ていたが、やがて大きく肩で息を吐き顔を上げて廊下を歩き出した。
今日はまだ二人だ、帰るまでにもう一人位は来るだろう。

イルカの教え子を通じて里の宝と言われるカカシと懇意になり、いつの間にか惚れた腫れたと男同士で恋仲になって、お互いの家を行き来するようになった。
イルカは暫く恋愛を避けていたから問題はないし、隠したところでカカシに焦がれる女達はすぐに辿り着くだろうから、と自然に振る舞っていた。
カカシは名声と容姿のお陰で、女達の注目の的だ。
カカシと付き合う前から、ただ仲のいい知り合いだというのにイルカは女達に睨まれる事があった。その視線を避け請われて付き合うのにすぐ捨てられるんですけどね、憎まれているのかなとカカシは首を傾げていた。
それは逆だと間もなく解った。
カカシは好きだと言われれば拒まないが、溺れるような関係が築けなかった。女達は与えた分を返せと、カカシに詰め寄り自分から破綻に導き、カカシは引き留めなかった。
嫌いになって別れたなら女達はイルカに感情を向けたりしなかったろう。まだカカシに未練があるから、だがそれよりもイルカが男だったから。
自分の方がまだカカシに相応しいとイルカを蔑む事で優位に立ち、じかに対面して大したことない男だとやり込めて溜飲を下げる。
そしてこの男がいなければカカシが戻ってくるかもしれないと、イルカに消えてしまえと言う。
戻る訳はないと知りつつも、カカシに寄り添うイルカに嫉妬は膨らんでいくのだ。

帰宅したイルカは、小さなノートに毎日日記のような一文を記す。
今日は誰に何を言われたか。
カカシと付き合っていた女だけでなく片想いの女からも暴言を吐かれるようになってきたが、イルカには人数などどうでもいい事だった。
今日で、死ねばいいのにと言われたのは五十回を越えた。
まるで呪詛だ。
カカシに話すまでの事ではないと、イルカは耐えてきた。カカシがイルカだけを求め、大事にしてくれるから、耐えられる。だがやはり、辛い。
女達は必ず一人のイルカに近付き、喚いて去る。流石忍びだ、身近な者が誰も気付いた事はない。

死ねばいいのに。
絡み付く、呪詛。
ノートを見返せば、カカシが里にいない時ばかりだ。
昨日から火の国に火影の護衛で出掛けているから、あと三日は帰らない。それからとんぼ返りでまた里を出る、と詰まった予定をイルカの部屋のカレンダーに書き込んで、行きたくないと玄関で座り込んだ昨日の朝のカカシを思い出した。
愛されている、だから耐えられる。

イルカが女達に何を言い返したところで解決にはならない。余計に激昂するだけだ。
最初のうちはイルカも喧嘩腰に言い返しもしたし、諭した事もある。だが女達は聞く耳持たず、喚き散らして去るだけだった。
だから対処法はないと諦めて、気が済むまで言わせておこうとイルカは決めたのだ。

カカシが火影と共に帰還した夕方、ごねたら次の任務までひと晩休みが与えられたとイルカの部屋に、次の任務の荷物を背負って文字通り転がり込んできた。
肌を合わせるのは半月ぶりになる。二人共に朝が早いと解っていても、カカシもイルカも満たされるまで繋がっていたかった。
疲れているようだとカカシがイルカの頬を撫でる。心配ないと笑ったイルカは、何でもないと言うべきだったと顔を伏せた。
勘のいいカカシはまた直情型で、自分絡みだと知ると予想も付かない行動に出そうで、イルカは必死に言い訳を探したがそれ以上の言葉はなく、ゆっくり力を抜いてカカシの鼓動に寄り添って眠りについた。

カカシがいないのは知れている。だから女達はイルカを付け回す。
狂気を纏った女が受付に現れて、イルカを睨み付けた。妄想が過ぎ精神に問題がある、要注意人物だった。
あんたがいなければ。
よせ、と肩を掴まれた女はその手にクナイを突き刺そうとした。
しん、と静まり返る室内に、女の声だけが響き渡った。
あんたがいるからカカシが帰って来ないのよ。
あたしはね、毎晩家で食事を用意して待ってるの。カカシは美味しいっておかわりしてくれて、それから眠くなったら膝枕してあげて、それから―。
言葉が途切れ、女がイルカに近付いた。
クナイがイルカの首に当たる。
痕なんか付けて、ざまあみろって笑うな淫売。
カカシが付けた痕が薄く残る、喉仏の脇にクナイが滑る。
イルカはひと事のようにそれを見ていた。
死ねばいいのに。
百回目だよなあ、呪詛が成立するのかなあ。
薄く笑ったイルカの視界一杯に真っ赤な飛沫が飛び、その向こうにまだ帰還予定ではない、イルカの名を呼ぶカカシが見えた。
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