さて待ってますなんて格好をつけたものの、部外者が職員室で待っていていいものだろうかとカカシは不安に駆られながら歩いていた。気持ちとは裏腹に、脚は自然に右左と前に出ていく。寧ろ浮き浮きしているかのように歩調は軽快だ。
これ、夢じゃないよな。
カカシは両手で頬を叩いてみた。布越しとはいえちょっと痛いから、これは現実の筈だ。
いや、幻術ならば感覚もあるように思ってしまうのだから、これだって夢かうつつか判らないじゃないか……?
そう、実は。
カカシもイルカに恋い焦がれていたのだ。それこそ夢で会えたら、と任務先で満天の星に願う程に。
やがて気が付けば職員室の前、開け放たれたままの出入口でカカシは立ち止まる。
「あ、はたけ上忍。別に何の仕掛けもありませんからご心配なく。とうとうレールが壊れて、閉まらなくなっただけなんですよ。」
指をさされた足元の金属のレールの一部が僅かに浮いている。生徒達が職員室に入る順番で揉めて喧嘩になり、引き戸の扉に倒れかかって内側に押し倒した結果だという。レールが曲がってしまったので、確かにこれでは扉は閉まらない。
それを跨いでカカシは中へと入っていった。意外な程に皆のんびりとしているのはやはり仕事からの解放感なのだろうかと、身に覚えがあるからちょっと微笑んでしまう。
「約束したからイルカ先生を待ちたいんだけど、此処にいてもいいですか。」
「そうですか、イルカの席にお座り下さい。あいつの用事もそんなに長くはならないと思うんですけど。」
申し訳なさそうな顔に、大丈夫だと笑ってやった。
「今イルカ先生に会って、待ってるからという話になったばかりなんです。」
「……あいつ、何かやらかしましたか……。」
何人もの目がカカシに注がれる。イルカを本当に心配している事が判って、違うよとカカシは大きく開いた両手を胸の前で振った。
「すみませんカカシ先生、お待たせしました!」
大声に振り向けば、少し息を弾ませてイルカが出入口に立っていた。そんなに急がなくてもいいのにと言えば、だって待たせちゃうの嫌だからと小さな声で口を尖らせる。
「今話をしていてね、皆さんがイルカ先生をどう思っているかが良く解りました。」
「えっ?」
訝しげな目が、カカシと集まってきた仲間達の間をさまよう。
「何を、」
幻滅されるような事を言われていたら、と胸が締め付けられてイルカの声は震えた。
「先生っておっちょこちょいなんですか? 何かやらかしたんじゃないかって聞かれました。」
途端にイルカは後ろを向いて、手で顔を覆った。
「笑いものにする気はないですよ。皆が本気で心配してるから、それだけ慕われているんだなってオレは言いたかったんですってば。」
俯いたイルカの顔を覗き込み、漏れ出る言葉を抑える為にカカシは布で隠されている顔を更に両手で覆った。
ええ、なんなの物凄く可愛い!
両手で顔を覆ったまま、指の間からちょっと上目遣いにカカシを睨む。怒っているわけではなく、拗ねているとしか思えない。
固まった状態のカカシに集まった者達がざわつき始めた。
「あの、どうしましたか。」
問い掛けにはっと我にかえった二人は、同時に振り向き声を張り上げた。
「何でもない!」
「何でもありません!」
そこで皆がたじろいだのは無理もない。イルカもカカシも真っ赤になって鼻息荒く、揃って自分達に噛みつきそうなのだから。よくは解らないが、触らぬ神に祟りなしだ。
「お、おう、じゃあイルカ、また明日な。」
「はたけ上忍、お疲れ様でした。」
蜘蛛の子を散らすように皆が去っていく様をほっと息をついて見ていたが、ああそうだと思い出して二人はお互いに向き合う。いまだに顔は赤い。
「あの、お待たせしました。」
「いえ、全然。」
あ、会話を終わらせちゃったよ…オレ、馬鹿。
うわあああとカカシは心中で頭を抱えて転がり回り、とりあえず歩きながら会話の糸口を探そうと焦り出した。
「行きましょう。」
「あの、どちらへ。」
あっ、何も考えてなかった。ええと、……どうしよう。
「カカシ先生は色んな店をご存知でしょうから、できたらその中でも安い所でお願いします。」
イルカは酒を飲むつもりらしい。仕事上がりの夕方に誘われるというのは大抵そういう事だ。そうかそうだよな、と小さく頷くとカカシは以前からイルカを連れて行きたいと思っていた店の名を上げた。
「つるやですか、いいですねえ。もうどのくらい前に行ったか覚えていませんから、とても楽しみです。」
嬉しそうに笑い掛けてくるイルカに、カカシの胸がとくんと高鳴った。
会話の下手なカカシがすぐ話を切って終わらせると、拾うのが上手なイルカが畳んだ話を広げ直してくれる。楽しい。とても楽しい。
お陰で二人とも酒を飲みすぎた。七班の事は何も話さず思い出しもせず、ただお互いの事を聞いて話した。

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