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二部の二人だけの舞いになると、兜で顔を隠していても俺だと気付いてスクリーンと脇に座る俺の顔とを見比べる者が出てきた。前を見ろと一喝してもらい、俺は生徒達の遥か後ろへと移動した。
あんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。資料とはいえこれがずっと残るのかと思えば、俺もカカシさんのように顔を隠したくなってきた。
「本当に素晴らしかったな、何度でも見たくなるぞ。次はお前が指導する立場になるのか。」
執務室に戻る途中で俺の耳元に囁いた綱手様の悪そうな笑顔に、よぼよぼになる前にお願いしますと笑い返した。でもいつか俺の教え子達が舞うとなったら、俺は教えながら泣いているだろう。大きくなったなあ、と陰で鼻をかんで。
自分でも容易に想像ができて少々うんざりした。

時は流れていく。俺が泣こうと笑おうと、…カカシさんがチャクラ切れで何度入院しようとも。
「天下先生、少しお時間をいただけませんか。」
「うみの、元気そうだな。茶でも奢ってくれや。」
今や火の国との陰の交渉役となって綱手様の指示の元暗躍する天下先生にやっと会え、俺がずっと気にしていた言葉の意味を聞いてみた。君達は支え合うところから始めなさい、という言葉が魚の骨のようにずっと喉元に引っ掛かっていたのだ。
何日か前にいまだに意味が解らないと呟けば、そんな事を言い出したのは支え合っていないと思うからなのかとカカシさんは悲しそうな目で詰め寄ってきた。俺が一方的に支えてもらっていると答えると、カカシさんがそれは自分だと熱く語る。俺がオレがと何だか解らない言葉の応酬になって、最後は息を切らして尻すぼみに討論は終わってしまった。
「ほう、ずっと心に残っていたのか。実はそれが目的だったんだ。それで?」
先生らしく、まずその先の行動後の答えを要求する。
「天秤のようにバランスが取れていなければと、俺は常に気を付けていました。どちらかが自分の方が尽くしていると気付くと、相手に対して不満が出ます。だから俺は世話を焼きすぎないように我慢しました。」
天下先生の目を見れば、ふっと笑って弓なりに細くなった。
「うみのは世話焼きが高じて教師になったようなもんだからな。自分の欠点が見えたなら大丈夫だ。」
褒められて恥ずかしい昔を思い出す。下忍時代のいっとき、あだ名が母ちゃんになっていた程俺はお節介だったのだ。…寂しくて。
「カカシ君は一人が好きなわけではないが、あの子は小さな頃から指名される任務が高度で特殊すぎた。やはり今でも任務の前後は一人がいいんじゃないのかな?」
「ええ、だから基本的には俺達は別々に自分の部屋で暮らしています。付き合いたての頃にカカシさんは半日位で俺の存在に苛々してきたようだったので、今後の付き合い方として不可侵領域を提案したんです。」
ほお、と目を剥いた天下先生ににやりと笑ってやる。
「俺だって大人になりましたから。でもいつかカカシさんが俺のところに転がり込んできたら、先生はちょっとでいいのでお祝いを下さいね。」
「はは、そういう事ならきっと今日辺り、君の部屋は犬達で埋まってる気がするよ。」
「いいですね、まだ犬達に紹介されてないので楽しみです。」
そう言うと、笑いながら先生が俺を抱き締めた。
「君達は…、お互いに無いものを補いながら思いやって生きていく事ができる。唯一無二になるだろう。」
俺の背中を叩いて、先生は風のように消えていった。

嘘だろってちょっと大きな声が出た。俺の部屋の前の通路には犬が、なんと大小合わせて八頭寝そべっていた。二階の端だから邪魔にはならないとは思うが、大きな一頭は俺でも背に乗れるだろう。あ、あの小さいの、なんか見た事があるかも。
「うみの、帰りが遅くなる時は連絡を寄越せ。できれば朝、一日のスケジュールを言っておくともっと良いぞ。」
少し離れて見ていたら、その見た事がある犬が俺の前に座って喋り出したのだ。すみませんと思わず頭を下げて謝ってしまった。
「とりあえず中に入れてくれ。最近は夜が涼しいを通り越して寒い。」
慌てて鍵を開け、犬達を中に入れる。そこではっと気付く。
「あ、足の裏、待って、拭かなきゃ。」
畳の目の中に砂が入り込むと大変だ。俺は犬達をかき分けて木の床の台所で待ったをかける。自分も靴を履いたままだが、ここならひと拭きですむからいいだろう。
「ほらほら、雑巾で拭くから順番を守って。」
やたら喋る奴とひとことの返事しかしない奴と八頭の個性も相まって子供ら並みのエネルギーに圧倒され、俺は足の裏を拭き終えると疲れて畳に転がった。
がちゃりと玄関のドアが開く。あれ、犬達が一斉に向かうのは。
「ただいまー。イルカさん、お腹空いたけどなんか残ってる?」
俺のいる場所がカカシさんの帰る場所に変わった。そしてつばさになれ、と力強い天下先生の声が聞こえたような気がした。
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