37

カカシ先生。カカシ先生。カカシ先生。カカシ先生。
今の俺は他に何も考えられない。
今日はもう仕事がないからいいけど、カカシ先生を演習場に呼び出す為に荷物を職員室に置いてきてる。戻らなければ。
カカシ先生は綱手様との話は終わったのだろうか。もしかち合ったらどう接したら良いのか解らない、会いたくないと思う俺の足はなかなか進まない。
…ああ、ほら、いたじゃないか。
職員室の戸を開けて俺を呼んでいる彼が、振り向く事が少し怖かった。
「ああ良かった、会えて。イルカ先生、報告です。」
カカシ先生が真面目な顔で、廊下の端に俺を手招きした。誰でも通る廊下なら迂闊な事は言わないだろうと、俺は安心して彼に近付いた。
「あいつの処遇についてです。」
聞かされた内容に安堵した俺は、目の奥がつんと痛んで思わず瞼を震える手で押さえた。
「俺は、…あいつが、生かされる事ばかり願っていました。もっと客観的に考えなければいけないとは解っているんですけど、」
言葉が続かなくなり、俺は下唇を噛んだ。涙が出そうになる顔を見られたら、きっと叱られる。
けれどカカシ先生は俯いた俺の肩を叩き、皆も同じように梅木を心配していたから気にするなと優しい声を掛けてくれた。
顔を上げた俺を見る目が良かったねと言ってくれるようで、俺の涙腺は一気に緩んでしまった。
「あらやだ、カカシが苛めたの?」
カカシ先生の後ろから俺を覗くのは紅先生だった。
「ちが、」
涙声と知られるのが恥ずかしくて、首を振って否定する事しかできなかった。
「紅はデリカシーに欠けるねえ。」
カカシ先生は俺の顔を隠すように肩を抱くと、紅先生に正面から向き合った。
「任務の最終報告なの。」
「あら嘘っぽい。イルカ、何を言われたの?」
紅先生がカカシ先生の脇から俺を覗き込む。俺は手の甲で涙を拭いて、無理矢理笑いを作った。
「紅先生、本当です。何でもないんです。」
「あらやだぁ、私の事は先生って呼ばないでって言ったでしょ。」
大袈裟に肩を竦められて、俺はとても困ってしまった。上忍師として面倒をみていた子供達はもう手を離れたから、という理由なのだ。
実際はまだ完全に手を離れてはいないけれど、子離れできなくなりそうだからと紅先生は寂しそうに笑った。それは俺にも解りすぎる思いだ。
「…紅さん。」
「そうよ、良くできたわね。」
カカシ先生のガードをすり抜けて俺の頭を撫で、抱き締めようとする瞬間に俺はカカシ先生に抱き取られる。
「何よ、あんた邪魔。」
呆れた顔で腕組みをし、紅先生はカカシ先生の脛を蹴ろうとした。
避けた反動で、腕の中の俺はきつく抱き締められる。さっきの演習場の森の出来事を思い出し、俺は赤面と硬直という事態を引き起こした。
「お前は髭を抱き締めてればいいでしょ。」
カカシ先生の言葉に紅先生は真っ赤になって、煩いと怒鳴ると逃げるように歩き出した。顔だけ振り向き、俺に無謀な要求を突き付けて。
「イルカ、心の中でも先生は付けないでよ。アスマと同じ呼び方でないと許さないから。」
それは俺が上忍師の先生達との最初の顔合わせから、アスマさんと呼んだ事が発端なのだ。両親を亡くし子供の頃から猿飛家に出入りしていた経緯があったから、無意識にそう呼んだのだ。それで失敗したと気付いて人前ではちゃんとアスマ先生と呼んではいるけれど、気を抜くと昔のようにアスマさんとか兄ちゃんとか呼んでしまう。
それなら、という事で。紅先生…紅さんは弟が欲しかったから、俺に先生と呼んで欲しくないと言い続けていたのだ。
礼儀だと思い、俺は頑なに先生と呼んでいた。けれどもう、いいのかもしれない。今度会った時にはちゃんと、紅さんと呼んであげよう。
「イルカ先生、今の何なの?」
カカシ先生の目が怖い。片目で睨んだだけで敵が動けなくなるって、本当なんじゃないか。
一から説明する羽目になって、廊下の隅で通る人々からじろじろ見られながらも説明し終えた。
「ではオレからも、お願いがあります。」
カカシ先生の真剣な表情に、俺の身は勝手に竦む。
「オレも、先生と呼ばないで。」
「え?」
「前に、オレはもう奴らの先生って意味でそう呼ばれるのは嫌だって言ったの、忘れちゃったかな?」
忘れていた。そんな事あったかもしれない、としか思い出せない。
「じゃあ、なんて呼べばいいんですか。」
「カカシさん。」
それに好きな者同士なら対等にいたいから、と笑う。
でも俺は無理だ。尊敬している人だから。
渋っていたら、悲しそうにカカシ先生の眉が下がってきた。
「一度言えば大丈夫かもしれない。ね、呼んでみて。」
そんな顔でお願いしないで欲しい。言わなきゃいけない気になってくる。
大きく息をついて、覚悟を決めた。
「カカシさん。」
小さな声だったけれど、カカシ先生は大袈裟な程に喜んでくれた。
あ、カカシさん、だよな。
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