36

「うん…そう、梅木についての綱手様からの伝言を持ってきたんだ。」
それを伝えると縄目はがっくりと大袈裟に項垂れた。関与できないとなれば、もう梅木の情報は全く手に入らないのだ。
村に戻った別人の梅木がちゃんと村の男として生活できるのか、できれば少しの間でも見届けていたかったー。
ひとしきり愚痴っていた縄目だが、生きているならと口に出して自分を納得させると笑顔でオレに握手を求めてきた。
「また隊長に使っていただきたいです。素晴らしい手腕に脱帽しました。是非、ご指名お願いします。」
恥ずかしい事を平気で言うのは今回の仲間の特徴か。そういえば、日数が増える程不思議とお互い似たような奴らが集う事が多い気がする。今回もウマが合うというか、気が楽だった。
「そう思ってもらえるなら、オレもまた頑張れるよ。案外オレも小心者なんで、誰とでも上手く付き合うあんたが羨ましい。」
嘘、と目を剥かれた。色々あんのよと笑ったらなんだか複雑な顔をされた。
さて、鳥飼はまたどこかに要請されているのだろうか。…それからイルカ先生にも伝えなければ。隊長のオレから。
とりあえずアカデミーに向かう。
おや鳥飼がいる、と立ち止まればあちらから駆け寄ってきた。
「はたけ上忍、梅木の事で五代目に呼ばれたって聞きましたが。」
どこからでも情報は漏れるし入ってくるものなんだな。
オレは頷いた。
「そう、皆に伝えろって言われてるから探していたんだよ。」
やはり鳥飼も気にしていたんだ。話せば安堵の表情を見せた。
「ではもう、全員にお伝えになりましたか?」
「いや、手近なところから皆を探し回っていたんだ。会えたのは貸家と縄目と君。雲海は任務で里にいない。」
鳥飼がイルカ先生に頼まれてオレを呼び出した事は、知らん振りしておいていいだろうか。
「あの、イルカには…。」
そら来た。落ち着け、オレ。
「会って話をしてる時に綱手様に呼び出された。その後はまだだ。」
「あいつ、一体何を?」
顔が曇る。鳥飼は何も知らないのか。そうだろうな、適当に誤魔化したんだろう。
「まあ想像通り、梅木の事。」
それは全くの嘘ではない。綱手様からの伝言を聞けば安心するよ、と笑ってやったら鳥飼も笑顔になった。
久し振りに職員室に顔を出して長話をしてしまったが、これから研究室に籠るのだという。アカデミーと兼任で漸く里に腰を落ち着ける事ができると、鳥飼は拳を握って腕の力こぶを見せる仕草をした。
「良かったじゃない。外の任務も大変だもんね、彼女がかわいそう。」
オレの言葉に鳥飼は目を丸くし、誰にも言ってないのにと頬を染めて頭を掻いた。相手が忍びではないから、そっとしておきたかったのだ。
「場合によっては部下を預かる時に、悪いけど少し周りを調べちゃうの。ごめんね。」
申し訳ないが少しでも任務の内容に関わる人物が周囲にいては、そいつは使えないのだ。会った事のない、友人の友人が関係者だとしても。
「あ、いや、そんな事は。…隊長も大変なんですね。」
鳥飼は任務受付と報告に携わっていたと聞く。オレの曖昧な言葉でも理解してくれたのだろう。
「任務第一で公私もないのも大変だろうけど。じゃあお幸せに、ね。」
話を切り上げて歩き出す。オレの背中に深く頭を下げた鳥飼の気配を感じながら、そっと息を吐いた。
里を裏切る気はないが、忍びでいる事が息が詰まる時もある。梅木は一人で抱えすぎたのかもしれないが、家族の醜聞を他人の誰に打ち明けられるだろうと考えれば、追い詰められたあいつの気持ちは…。
いや、もう終わった事だ。任務は終了したのだ。
雲海が一両日に帰還するなら直接話そう。任務以外で会いたいと思うのは滅多にない事だ。なんだか不思議な奴。
さて、イルカ先生にも伝えなければならない。さっきあんな風に飛び出してきたから、合わせる顔がないんだけど。



カカシ先生の言葉は、あれは、本当に…。
柔らかかった。熱かった。身体が震えた。求められた口付けを俺からも求めてしまった。
脚が動かなくて、カカシ先生の去った後も俺はここに座ったまま。
なあ、俺はこれからどうしたらいい?
積まれた石の墓標に聞いても、当たり前だけど答えてはくれない。
あの子は俺の事をイルカちゃん、なんて一回り以上年上にもかかわらず友達のように呼んだ。女の子は精神があっという間に大人になってしまうし、病気という事もあって随分達観していたな。
なあ、俺はどうしたらいい?
もう一度問い掛けると苔むした石の天辺に止まった青い小鳥が俺を見て、右に左に首を傾げてちいと鳴いた。
まるで何を悩む事があるの、と答えたように思えたのは俺の錯覚なんだろうけど。
うん、俺の心は決まっているんだ。ただいきなり色んな事が押し寄せて、天地がひっくり返るんだろうという予感が俺をすくませるんだ。
…立ち上がらなくては。
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