26

梅木に不審な行動はなかったと貸家は言う。結婚と建て直す新居の事を村長や年寄り達にからかわれ、嫁になる娘と共に照れていたらしい。
「拍子抜けする位にのどかで、なぁんもなかったな。」
こんな僻地には公的な役場の出先機関すらない。代わりに木ノ葉の里が見回りの際に、戸籍や提出書類をチェックし預かっている。里に保管してある村の戸籍の写しと人数を照らし合わせても、この数ヶ月の間には一人として増減はなかったと雲海がかつらを外した頭をぼりぼりと掻いた。貸家も溜め息をついて肩を回す。
「村長が嬉々としてほんの少しの長男の外での稼ぎとありあまる自分の財産で大きな家を建てるのだと言って、権力を誇示する為でしょうね…我々をみすぼらしい長男の家に案内しました。家の中の一角には長男と娘が並ぶ写真がありましたが、それはビデオに映っていたあの顔であり、我々が見た顔と全く同じでした。」
やはり整形したのだろうか、幻術だとしたらそんなに長期に保っていられるものだろうか。謎は謎のままだ。
「村長も娘も操られているようには見えないし、脅されて従っているようでもない。梅木が幻術で顔を作っているとしても、月単位で継続できる実力者は木ノ葉でも少ないだろう。あいつはそんな力を持っているのか?」
雲海の問いに縄目が首を横に振る。
「いいえ、ごく普通の中忍です。忍者登録書には家系が特別だとも記してはありませんでした。」
後は村長の経営する雑貨店を見せられて見送られた、と報告は締められた。
やはり梅木は別人として村に住み、別人として村で一生を終えるつもりなのだろうか。
報告からは穏やかな村の様子が想像でき、これなら梅木一人を拘束する事は容易いと誰もが思う。
沈黙が場を支配する中。
「村の外で会えればいいんですよね。」
イルカ先生が静かに言葉を放った。
「おい、イルカ、まさかお前!」
鳥飼がイルカ先生の両肩を掴んで押さえつける。イルカ先生は目をぎらりと光らせ、今にも飛び出しかねない顔をしていた。
雲海もイルカ先生に待てと厳しい声を掛け、オレを挑むような目で見た。
「梅木は村人を一人も殺してはいないし、これからもそのつもりはないんだ。あいつに忍びの仲間がいれば別だろうが、最近は他里の抜け忍の情報もなかった筈だ。」
視線をオレに固定したまま、縄目にどうだと尋ねる。はいと返事が返ると、ふっと片頬を緩めた。
「イルカを、行かせてやれ。」
オレは部下を預かる隊長として答える。
「雲海、お前の憶測だけでそれは許可できない。」
目の端でイルカ先生が腰を浮かせて何か言おうとするのを見て、動くなと手のひらを彼に向けた。
「部下を危険に晒す事が、オレの役目ではない。」
イルカ先生は彼の意思で里に連れ戻したいと思っているのだ。そんな事で抜け忍としての罪は軽減されはしないのに。
オレは一人一人の顔を見て、彼らがイルカ先生を行かせたいと思っている事を確認した。
「オレも行く。」
イルカ先生を止める事は難しいだろう。かといって一人で行動させる訳にはいかない。
「…隊長、ありがとうございます。」
イルカ先生がほっとした顔をオレに向けた。
「梅木を拘束し連れ戻す事が今回の任務なんだから、これもその方法の一つでしょ。」
仕方ない、隊長命令としよう。
山々に囲まれた盆地にあるその村から山裾に沿う街道にぶつかる出入り口は朽ちかけた木の門が侵入者を阻み、その外側には荷車が何台か置ける程度の広場がある。待ち合わせ場所を広場に決め、時間を指定してその旨を紙にしたためた。イルカ先生とオレの名を連ねれば、梅木へ攻撃する気はないと解るだろう。
「鳥飼、梅木に一羽飛ばしてやってくれる?」
「はい、夜目の利く梟を今すぐ。」
少し興奮気味に懐から飴玉のような鳥の人形を取り出し、鳥飼はそれを開いた巻物に書かれた円の上に大事そうに置いた。
「これはよりしろです。」
そうして印一つで光と共に梟が現れた。
鳥飼は梟に顔を近付け小さな声で呪文のような言葉を言い聞かせると、腕に止まらせたまま窓辺に立った。
夜風が入るとそれに逆らうように梟が羽を広げる。鳥飼が行けと叫んだ瞬間に、梟は姿を消した。
「俺、初めて鳥飼の仕事を見たかもしんない。」
イルカ先生が呆然と小さくなる梟を見詰めている。
俺は何も持ってないなあと弱気になる先生に人心掌握が得意だろうと、雲海がにやりと笑ってちらとオレを見たのは間違いではない。この野郎と呟いた言葉は雲海に届いただろうが、知らん顔をされた。
大して待たずに梟が帰る。首には返事の紙が巻き付けてあり、開くと承知したとだけ書かれていた。
こちらの指定した時間には、今から歩いてちょうど良い。上弦の月の下、オレはイルカ先生と肩を並べて梅木の元へと向かった。
「どうするの?」
歩きながら尋ねると、イルカ先生は俯いたまま取り敢えずは顔を見てからと心許ない言葉を発した。
揺れている。梅木と対峙する決意をしたけれど、あいつは友人だから。
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