16

「へえ、よく気付かれなかったね。」
思わず出た感嘆に、鳥飼がえへへと顔を擦って照れた。
「鳥の首にカメラを結び付けたんです。」
使役の鳥はチャクラを漏らさず鳥飼の思考に連動できるらしい。これは凄い。
「…梅木。」
イルカ先生が呟いた。すっと室内の空気が冷える。
「何だって?」
「綱手様、この男は梅木です。」
画面の男は駆け寄ってきた妹を抱き上げて笑う。妹は五才か六才位だろうとイルカ先生は言い、辛そうな顔を綱手様に見せた。
「梅木にも妹がいました。」
「いた?」
「今年の初めに、心臓の病で。」
それは身辺調査の報告書にはなかった。初耳だ。
「先天性の心臓病で成長が遅くて、十才でもこの子より少し大きい位でした。だから梅木には、妹に負担を掛けないように抱き上げる癖がありました。」
イルカ先生がこうして、と自分で抱き方を示した。
しゃがんで膝を地面に着き、子供と胸を合わせる。首に腕を回させ利き手の左をその背中に当てて右腕を尻の下に下ろすと、腕に座らせる形になってそのまま時間を掛けてゆっくりと立ち上がる。
「俺は生徒の脇の下に手を入れて、そのまま持ち上げる事が殆どです。小さな子の時はまれに、抱き締めて胸に凭れ掛けるようにもしますが。」
「おれんとこは…三人とももっと雑だったかな。」
上忍師の男が、思い出すように腕を動かして言う。
再度その場面に戻ると、確かにイルカ先生の言う抱き上げ方をしていた。
「確かに、急激に脈動が速くなるような動作は避けて当然だ。本人も気付いていない行動だろうな、記録しておけ。」
綱手様が顎で掬うように指示し、更に画面は進んで畑の場面に変わった。
午前中は両親と畑で作物の周囲の草取りと生育状態を見ていただけで、同じ作業が続いていたから撮影は半分程省略したという。妹は大人しく見える範囲で一人遊びをし、時折両親のどちらかに連れられ家に入ってすぐ戻ってきた。
「妹は慣れたもので、おやつや飲み物をせがむ以外はこうして周りで遊んでいるようです。」
第三者として見れば、梅木はまるきり農家の男だ。農作業が板に付いている。
皆の疑問を見透かしてイルカ先生が答えた。
「俺達の下忍時代には。復興の為の農家の手伝いが多かったんです。俺も種を植えて野菜を収穫するまでなんかは、今でも得意です。」
イルカ先生の年頃といえば、九尾の災厄の直後に一度に減った忍びを補給する為に一斉に下忍となった者が多い。里の人々の腹を満たす為に受けた任務は、代金の代わりに後々の現物支給だった事もあったそうだ。梅木が成りすませているのもそのお陰だろう、全く違和感がない。
「午後は、嫁いでくる村長の娘がやってきました。」
家の前で娘を迎え、中に入る。流石に中の様子は撮れなかったが、声を録音していた。
「…なるほど、結婚式の話ばかりだな。だが両親も楽しそうだ。」
目を瞑った綱手様が唸っている。オレにも普通の会話にしか聞こえない。
「ですが、暗号と思われる言葉がありました。書き取りしておいたこれを見て下さい。」
暗号解読班の男が会話の全文の巻物を広げた。所々に赤く丸を付けた言葉の事らしい。
「日付と、人物名と、どこかの地名らしいんですが。」
日付は地点を示し、人物は作戦名に当てたり地名が内容を示す事もある。勿論会話として成立させる為には、その時々で天気や趣味嗜好にも変わるけれど。
もしも梅木が作った暗号なら、きっとそこにも梅木の癖はある。
「村人ではない名前が二人、五つの地名は村を囲む山々にもありません。」
「至急それを解読に回せ。」
「すみません、帰る前に綱手様に断りなく指示してあります。過去に梅木の関わった任務に、暗号を使用したものがあるかも確認させています。」
「偉い、よくやった。」
嬉しさのあまり綱手様が男の背を叩いて、男が一瞬気絶したのはかわいそうだったけれど…次はきっとかわせるよね。
「全員が家から出てきました。娘が帰るのを見送ります。」
ビデオは続く。小さな妹が将来の姉に抱っこをせがんだ。
娘の抱き方は抱き締めて持ち上げる方法だ。女としては標準だろう娘の体格では、自分に凭れ掛けさせるのが楽らしい。
ふとイルカ先生に目をやれば表情のない顔だが目の動きが激しく、画面から部屋の何かに移ったり戻ったりと落ち着かない。動揺が隠せないようだ。
そっと近付き、腹の前で握る両の拳の上から手を添えて包む。びくりと震えたイルカ先生がオレに顔を向けた。口を開いたが言葉が出ない。
ぐしゃりと泣きそうな顔になるから、オレはできるだけ優しい笑みを作って無言で頷いてやった。
もう少しだけ頑張って。
崩れた顔で笑い返そうとするイルカ先生が痛々しい。オレは周囲に構わず寄り添ってその肩を抱いた。
「最後まで見てくれ。」
振り返る事なく言う綱手様に掠れた声ではいと返事をしたイルカ先生は大きく息を吸うと、続けて下さいと今度はしっかりした声を出した。
唇に色のない鳥飼の肩には、上忍師の男が大きな手を添えていた。
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