昼のうどんが喉に詰まる。食欲が落ちてしまって非常に不味い状態だ。カカシ先生の事、綱手様に聞いても怒られないよな。舞いの為っていう正当な理由があるんだし。
執務室の前で少し息を整える。と、ドアが開いてカカシ先生が出てきて息が止まった。
「イルカ先生。」
驚いたカカシ先生が棒立ちになっている間に、血の臭いと包帯の有無を確認した。無傷のようだ。良かったぁ、と心からの安堵の声が出た。
「今ね、綱手様にカカシ先生の事をお聞きしようと来たところなんです。」
「ああ、代わりを立ててなかったからね、急いで帰ってきましたよ。」
カカシ先生の声が固い。余程の事があったんだ。
「この期間はカカシ先生に大きな任務はないんだって、俺…思い違いしてて。」
ご無事でなによりです、と労を労った。この件は終わったんだと自分に言い聞かせれば、うどん数本しか入れてもらえなかった胃が元気になって空腹を訴えた。なんだか現金すぎるだろ、俺。
「すみません、今日はちょっと練習できません。」
カカシ先生は申し訳ないけど、と頭を下げた。もう完璧だから後は自主練習だと教官には言い渡されているし、日を跨ぐ任務後の疲労は練習どころではないだろう。
俺はゆっくり休んで下さい、と気の抜けたような背中を見送った。
今夜も一人だが、カカシ先生が帰ってきたから虚しさも寂しさも感じない。明日また会えると思えば安い缶ビールも特別旨く感じた。

本番の二日前、俺は舞いの雑務に追われていた。一応主役の一人だから関係者に挨拶回りをしなきゃならないんだが、と首を傾げても他に手がなければ仕方ない。適材適所と肩を叩かれ流石ベテランだなと手伝いを頼もうにもことごとく逃げられたが、まあ俺にしか解らない事ばかりだし明日もあるし。
「またそうやって便利屋やってますか。」
職員室で出演者のスケジュールチェックを終えて、搬入された屋台の資材を確認すべく荷物置きとなっている部屋へ向かう支度をしていたところへカカシ先生が現れた。俺の手の中の資材一覧表を取り上げると、欠伸をしていた前の机の男にそれを放る。
「イルカ先生に何もかも押し付けないで。」
疲労が溜まって失敗したら誰が責任取るの、と広い職員室に響き渡る声に言い返す者はいない。
「俺は大丈夫です。だから、」
先生の腕にすがって殺気を抑えるように頼んだが、ふざけんなと唸る声に俺は手を引っ込めた。
「あんたらに皺寄せが来るから大変だとは思うけどね、イルカ先生だって遊んでる訳じゃないでしょ? なんで純粋に応援してやれないかなあ。」
「カカシ先生、違います。元々俺はこういう裏の事を任されてたんで、だから今回も俺の仕事です。」
ちゃんと理由があるのだと言うが聞いてもらえない。向き直って俺にも怒りだす。
「もしもあんたが任務でずっといなかったら、誰もやらないで溜めておくだけでしょう。」
でもそれは解ってる者の方が早いし。
「教わっておいた方がいいとは誰も思わないのかって聞いてるの。」
あまりの勢いに、もう口を挟めなくなってしまった。
「本番が終わるまで、オレがイルカ先生を借り受けるから。五代目にも言ってあるから文句は聞かない。」
机の上をそのままに、カカシ先生は俺を廊下へと引っ張り出した。
「イルカ先生、頭の中をリセットして。アカデミーも受付も、綱手様の手伝いも全部忘れて下さい。」
舞いの事だけに集中させる為にと。
「雰囲気悪くしてごめんなさい。後で何か揉めたらオレのせいって言って。」
そうは言っても、な。
カカシ先生は困惑した俺に、もっと困惑した顔を見せた。俺の事を思ってくれてだからなぁ、取り敢えず前向きに考えよう。
「練習します?」
そう提案すればこくりと頷かれた。
衣装を着込むともう舞いの事しか頭にない。自然に俺達は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
手を抜かずにきっちり通す。終わっても俺の足はふらつく事なく、これなら本番で恥をかかずにすむと安心した。
だがカカシ先生は少し不安な様子で、当日教官に見てもらいたいと言う。昨日一日練習できなかっただけで、感覚が鈍ったような気になってしまったらしい。
本番の日は、昼すぎから身体をほぐして衣装をつける。係の者達が四十人の衣装の具合を確認しながら最終的な打ち合わせをすれば、あっという間に日没とともに始まる舞いの時間になるだろう。もし見てもらうなら午前中しかない。
「そうそう、できれば今日のうちに挨拶回りしたいんですせど。今回尽力下さった方々に、そのお礼と当日も宜しくお願い致しますと。」
面倒だから行かないと言い出しそうなカカシ先生が、じゃあ行きますかと意外と協力的だった。
途中綱手様を訪ねる教官を捕まえられ、早速当日の午前中に見てもらう約束を取り付けた。
「今職員室で聞いたんだが。」
びくりと肩を震わせたカカシ先生が、教官の前では子供のように小さくなった。
「カカシ君はいいお兄ちゃんだな。」
勿論俺は笑顔で、はいと大きく頷いた。
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