え、と僅かに右目が驚いて俺を凝視した。
「解る…?」
「兄弟なら当然です。」
茶化して笑ってみれば、カカシ先生も笑ってくれた。ああ、いつも通り。
「隠し事、得意だったんだけどねえ。」
カカシ先生の沈んだ声。確かに調子に乗ってべたべたしすぎた気もする。…失敗したかな。
一人になりたいんじゃないかと思って、繋いだままの手を離そうと引いたら逆に強く握られた。
「財布、うちに忘れたから取りに行きます。」
そういえばカカシ先生の家にはお邪魔した事がなかった。いつも俺の部屋に任務帰りに現れているからだ。
何度か路地を曲がって着いたところは俺のアパートと大して変わらない、失礼だがマンションとは名ばかりの薄汚い建物だった。中に通されれば掃き出し窓の向こうには一階だから小さな庭があるが、仄かな街灯に照らされたそこは地面が見えない程の雑草だらけで。
「寝られればいいからと思ってて、人を招くような付き合いもなくてこの有り様です。」
俺はただはあと相槌のような言葉を発しただけだ。見渡しても部屋の中には必要最低限の物しかない。俺の部屋は、何故ここにあるんだと問われる無駄な物ばかりだというのに。
「ちょっといい? 綱手様から言われた事があるから気になって、先に調べておきたいんです。」
冷蔵庫から冷えたお茶のペットボトルが出されて、人の営みがあるんだとちょっとほっとする。
「そんな顔しなくても、オレはここで飲み食いして寝てますから安心して。」
ほら、住んでいるとは言わない。
「カカシ先生は、趣味とかあるんですか?」
あまりにも殺風景で、休みの時には何をしているのかと少し心配になってしまった。
「…特には。イチャイチャシリーズを読み返すか、次の任務に向けての準備で時間がすぎるから。」
巻物に目を通しながら事もなげに言う。それほど忙しい人だという事を忘れていた俺は、二の句が継げなかった。
「でもね、たまに忍犬達を出してお喋りするのも楽しいんです。」
その言葉に食いついてしまった。犬、と弾んだ俺の声にカカシ先生も犬好き仲間と解って嬉しそうだ。
両親が忍びの家では面倒がみられないという理由で飼えなかったから、俺は野良だろうと寄っていく癖がある。見せてもらいたいが、忍犬となればやたらと出す事はできないだろう。
「いつか機会があれば、触らせてもらえませんか。」
「そうですね。その時には必ず。」
興奮した俺に、カカシ先生は快く了承してくれた。
その時くうと俺の腹が鳴り、カカシ先生がしまったと呟いた。飯を食いに行く筈だったと思い出す。
「オレのせいで遅くなっちゃいました。」
寂しそうに笑うから俺は首を振り微笑み返した。
暫くの間、沈黙が部屋を支配していた。
「ごめんね。」
カカシ先生はふうと大きく息を吐き、自分の中で処理しきれずに俺に心配を掛けたと頭を下げて謝る。綱手様に何を言われたんだろう、大丈夫なのかな。俺でよければほんの少しでも、愚痴を溢して欲しいと思うけど。
でもカカシ先生からもう大丈夫だからと目の前に線を引かれてしまえば、俺はもうそれを越えられない。
「食材があれば、飯作りますよ。」
行くつもりの店は少々賑やかすぎるから今のカカシ先生には辛いだろうと、返事も聞かずに俺は台所に立った。
缶詰くらいしか、と張りのない声が申し訳なさそうに届く。なんだか息が詰まる。
「俺、小さいけど旨い店を知ってます。忍びにも殆ど会わないから行きましょう。」
誘いに乗ってくれたカカシ先生が立ち上がった事を確認し、俺は先に外へ出た。
そこへ影が降り立ち、出てきたカカシ先生は俺を庇うように前へ出てその影と向かい合った。俺は会話を聞かないように数歩後ろに下がる。
ほんのひとことで影が消え、カカシ先生は俺を振り返ると聞こえない程小さな声で行ってきますと言って走り出した。月のない暗闇では一瞬後には姿が見えない。
俺はまっすぐ帰宅し、適当な食事を終えて時間を潰して決まった時間に眠りについた。
布団の中で考える。一人でいた頃ってこうだったっけ。カカシ先生とすごす時間が多すぎて、一人のすごし方を忘れてしまいそうだ。でも。
楽しかった日々はもうすぐ、おしまい。
その夜は久し振りに、なかなか寝つけなかった。

翌日は夕方になってもカカシ先生はどこにも見当たらず、二人での練習はできなかった。
受付で調べても、任務一覧にカカシ先生の名前はない。あの影は、そういう事だ。
教官とカカシ先生と練習していたアカデミーの空き部屋で、ゆっくりストレッチで身体を温めて群舞の部分を一通りなぞった。終わっても一時間しか時間がたっていない。多分帰っても何も手につかないからもう少しおさらいしておこうと、俺は暗くなるまでそこにいた。

カカシ先生の姿は翌日にも見えなかった。
本番三日前。
どこまで行ったんだろう、いつ帰るんだろう。…怪我はしてないかな、ちゃんと寝て食べてるかな。
綱手様は主役が当日にいないなんて事にしないとは思うけど。

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