ゲンマさんにお疲れ様です、と再度心から頭を下げた。
下忍から上忍迄上に向かって数えれば、ピラミッドよろしく上位者は一握りしかいない。上忍はエリートと呼ばれる程だし、ひと技に特化した特別上忍は更に重宝されるし、合わせても下忍の一割にもならないだろう。ゲンマさんもその一人だ。
どうしても外れられない任務で上忍組の本番参加者が何人も入れ替わっているのは気の毒だが、ゲンマさんと同じ言葉はこのところ受付で愚痴として何度も聞いている。参加した練習の回数は関係なく、皆自信がないとアカデミーの生徒のようにしょげていた。
「クナイを持つのは敵に対してだけだもんな、こんなのオレ達には似合わねえよ。」
まだ衣装会わせもしてなかったゲンマさんの手には、報告書と交換に渡された衣装があった。
俺より大分年上らしいゲンマさんは、アカデミーを卒業間近だった為に当時おざなりにしか教わっていない。それでも参加しないと言わないのは、火影様方への尊敬ともうこの先これだけ大掛かりな舞いがないだろう事を知ってるからだ。
皆愚痴を溢しながらも忍びとしての自負があり、絶対成功させると鼻息は荒い。
そういや、とゲンマさんが肘で俺をつついた。
「お前、いつの間にカカシさんと仲良くなったんだ。毎日べたべただって聞いたぞ。」
「べたべたって、何ですか。舞いの為に兄弟ごっこはしてますけど。」
うん、ごっこだ。とびきり贅沢な遊びをしてるんだ。もうすぐ終わるのが寂しいくらいに。
明日の全体練習はこれを着て参加するのかと、ゲンマさんは嫌そうなポーズを取りながら嬉しそうに帰っていった。
あと、十日あまり。

教官との最終確認の練習を終えて、何故かカカシ先生と俺は執務室で綱手様とお茶を飲んでいた。
酒が欲しいと駄々を捏ねる人にシズネさんの重圧の目が怖い。二人を労いながらあわよくば昼間から酒宴と思っていたんですよ、と見透かした彼女の笑顔が表面的なものと判って俺達は思わず姿勢を正した。…帰りたい。
舞いの練習を時折覗いていた綱手様だが、触発されて少し真似事をしてみたら筋肉痛であちこち痛むと腰をさすった。舞いに関わった忍びにはそれが裏方だろうと一時金を支給すると仰るから、助かりますとぽろりと本音が出てしまって口を押さえた。
「今更なんだが、二人が選ばれた理由を教えておこうか。」
「今更ですけど、教えて下さるんですか?」
カカシ先生は興味がないからどうでもいいと肩を竦めたが、俺は知りたくて前のめりになった。
「勿論舞いが上手い事が一番だ。それと、壁の肖像を見たら解るだろう。」
初代様と二代目様を見上げるが、俺には解らない。いや待て。
「髪の色?」
「当たりだ。」
カカシ先生が俺と初代様を見比べ、俺がカカシ先生と二代目様を見比べる。
「いや冗談だ、たまたまだよ。お前達はな…なんだか雰囲気が似てるんだ。」
俺達の知らない彼らの事を、綱手様はそう仰る。覚えている限りの所作や物言いが、俺達と向かい合う度に懐かしく思えるのだと。
「第一候補としてお前達の名が上がった時に、一も二もなく了承したのはそういう事も含んでたんだよ。」
誰の反対にも合わずに決定したのは古老の皆もそう認めたからだと聞いて、俺達は尻が落ち着かなくなった。
生半可な気持ちじゃ舞えないねとカカシ先生の困ったような笑顔に、俺は口を引き結んで頷いた。
帰り際に綱手様がカカシ先生を手招きし、何やら耳打ちした途端に空気がぴしりと張り詰めた。任務の事だろうと、邪魔をしないように先に部屋を出た。
ゆっくり歩き出せばカカシ先生はすぐに追い付いて、待って下さいと歩く為に前から後ろに振った俺の手を握った。
「どこかで食べて帰りましょう。」
否はない。いや言わせてはもらえない口調だった。
だがカカシ先生はそれきり無言のまま、何故か握られた手は離される事なく俺達は並んで歩いた。いい大人が男同士でしっかりと手を握るなんてちょっと恥ずかしいとは思うものの、すっかり暗闇となった中誰にも遭遇する事がなかったから温もりを享受したまま歩き続けた。
不意にカカシ先生の指が動いて俺の指の間に絡む。
恋人のような繋ぎ方に驚いて離そうと思っても、何故か俺の指は意思に反してぴくりとも動かない。ならば声を掛けてほどいてもらおうと横顔を窺うと、僅かに張り詰めた気配で思考に集中していると解って諦めた。
カカシ先生はきっと女性と歩く時もこうしているんだろう、だから無意識に俺を誰かと間違えているんだ。俺の知らない誰かと。
「何をぐるぐる回ってるの。」
立ち止まったカカシ先生が、繋いでいない方の手を俺の顎に添えて唇を親指で押した。
「唇を噛むの、考え込む時の癖でしょ。」
頬が熱くなるのが解る。なんで手は握ったままなんだとかちらりと考え、逃げ場を探す自分が変だ。
「お、俺のように解りやすくはないけど、カカシ先生も心ここにあらずじゃなかったですか。」
無理矢理話の矛先を変える為にそう返した。

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