36

「いい?」
他に言葉はなかったかと考えながらも、カカシはイルカの目を覗き込んだ。潤んだ真っ黒な瞳にカカシの顔が映る。自分の全てが引き込まれてイルカの中でぐずぐずに溶けてしまいそう。そうだ、骨まで溶けきってイルカの中でオレは新しく形成されるんだ。なんて幸せな事。
涙の乗ったイルカの睫毛がしばたき、その目は穏やかな笑みに細められた。返事の代わりにカカシの首に腕を回し胸を合わせると、周囲が淫靡な空気に変わった。
音を立てて唇を吸い、カカシはゆっくり両の手のひらで胸から腰骨まで撫で下ろす。うふ、ん、と漏れる声を押し殺す為にイルカの片手は口元、もう片方は白くなる程きつくシーツを握っていた。
カカシは手を伸ばして枕を掴むと、イルカの腰の下に当てた。それから暫く腰の両脇を撫でる間が、欲を打ち付ける事への躊躇いをイルカに伝えた。
「ごめんね、ちょっと苦しいかも。」
受け身の辛さを気遣ってくれるのだろう。眉を下げ頬を染めたそんな顔で謝らないて欲しいとイルカは困惑する。人の事は気にしないで、自分の欲を優先してくれていいのに。貴方はずっと我慢してるじゃないか。
じれったい。
「早く。」
けれども、言ってしまってからやはり怖くなってきた。痛みには強い方だと自負があるけれど、内臓の痛みを耐える自信はなかったのだ。勢いをつければやりすごせるかもしれない、と思ったら言葉が出てしまっただけで。
カカシにも強張る筋肉から伝わっているのだろう、ホントに男前だねと乱れた髪を額から退けて触れるだけのキスを落とされた。
「怖いのは一緒。だけど善くなるのも一緒。」
ほわんとイルカの表情が緩んでカカシの胸が痛んだ。信頼されているのは嬉しいから、余計に失敗はできない。後で物凄く痛かったと泣かれるかもしれない。激怒するかもしれない。もう二度と肌を合わせたくないと言われたらどうしよう。
ぐるぐると回る詮無い考えに、情けないなぁとカカシは胸の中で大きな溜め息をついた。
馬鹿だな、獣になっちゃえばいいんだ、と頭の片隅でもう一人の自分が煽る。躊躇いを振り切る為に目を瞑り息を整えた。
数回自分のペニスを扱いて、ぐちゃぐちゃに涎を垂らす先端を散々慣らして僅かに緩んだ穴の口に当てた。ゆっくり先を押し込むと、滑りによって笠の頭だけは飲まれた。だが張り出したそこで止まってしまって簡単に飲み込んでくれない。ただの排泄器官を性器に作り変える難しさを、今更にカカシは実感した。
それでもペニスを穴に押し込むと、括れまでは思いの外易く入っていった。締め付けられて苦しいというか痛いというか、それでも熱いイルカの中に入りたいという欲望は止まらない。
入った、と漏らした独り言にイルカは顔を隠したままの手をずらしてカカシを窺った。
「入った?」
驚いた。浅い口の部分の肉がそれこそパリパリと音がするように伸びたような気がしたが、圧迫感だけしか感じなかった。もっと痛いものだと思っていたから拍子抜けし、イルカの身体から力が抜ける。
「いや、先だけなんだ。」
これからがきついと思うから痛かったら言って、とカカシの声にイルカは顎を引いて頷いた。
ゆうるりと侵入するペニスは熱く硬い。先に広げられていたといっても指とはまるきり質量が違う。口の辺りがみっちりと塞がれているのが不思議と解る。
「少しずつ進めるから、できたら息を合わせて。」
そうは言っても初めてでは自信がない、というか息の仕方さえも解らないのだ。リードするカカシの余裕が見えて、男との経験があるのだとイルカは確信した。
悔しい。過去を責めても仕方ないがこっちが何も知らないと思って、もしかしたらかつてのその人との遣り取りを思い出しているのではないか。
目尻からぽろりと涙が零れた。
「え、痛い? やっぱり嫌なの?」
動きを止めてカカシがイルカの頬に手を当てた。
「オレもよく解らないから、イルカに嫌な思いをさせてる?」
一応本を読んだりはしたんだけど。
呟きにイルカは身体中の毛穴が開いたような気がした。俺はなんて酷い事を考えていたんだろう。
この人の存在だけが真実じゃないか。過去がどうとか言っていたら、俺だって叩いて舞い上がった埃で窒息する。
イルカは大きく息を吸い込み両手をカカシの肩から滑らせ、首を抱え込むとその一点へ向けて自ら腰を打った。
ずんと一気に根元まで入って陰毛が皮膚に当たった。狭い穴をカカシのペニスががっと広げてめり込んだ感覚。腹の奥にピリピリと痛みが走る。
カカシは驚いて腰を引く事もできずにいた。まさかと開いた目がイルカを見詰めたまま。
深く息をすればその振動が痛みを増幅させて辛く、イルカは浅い息を繰り返した。もう少しすれば落ち着く。大丈夫、と噴き出した汗もそのままに笑おうとしたけれど頬はひきつって上手く笑えなかった。
「イルカ、」
カカシは漸く声を出したけれど、何と言ったらいいのか解らない。ただイルカの暴挙に動揺していた。
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