昼間より夜の方があたたかい気がするんですよね。
嬉しそうに小さく笑い、カカシは僅かに首を傾げてイルカの目を覗き込んだ。
今は冬。太陽が照らす昼間の方が当然あたたかいのにと思いながら、話の腰を折らないようにイルカは口の端で曖昧に微笑み返した。
「変な事を言うと思いますよね。でもオレはね、まぶしい光ばかりの昼間ではなく静かな夜の闇に包まれていると、心が安らいでじわっと指の先まであたたかくなっていくんですよ。」
ゆっくりと両手の手甲を外し、カカシはその手を胸の前で撫で擦った。
「んと、……俺には良く解りません。」
イルカは初めて見たカカシの手に気を取られ、適当に答えてしまった。
元々日焼けしにくいとは本人が言ってはいたが、日に晒されていた指とずっと覆われていた甲では僅かに色が違う程度だった。それに節は太いが爪の形も綺麗だ。
イルカは自分の手に視線を移動させると、カカシと正反対の手が目に入って気落ちした。だがカカシはイルカの心中には気付かず、ゆっくりと話を続けていた。不意にカカシの囁き声が耳元に近付き、イルカは慌ててそちらに集中するように努める。
「胸の中からじわじわとあたたまってくるのが嬉しくて。荒ぶった心も平静に戻して優しくなれる。夜の闇はイルカ先生みたいだなあって、イルカ先生が側にいてくれたらオレはまともな人間になれるんじゃないかって思うんです。」
声にはあまり感情が乗っていないが、言葉はまるで愛の告白に聞こえる。
何故大樹の根元に並んで日向ぼっこしながらこんな展開になっているんだ、とイルカは半分他人事のように思った。
沈黙が数秒。ぴいと鋭い鳥の鳴き声が聞こえた空を、イルカは見上げた。だが澄みきった空に雲はひと欠片もなく、鳥の影も見えない。
生徒が鳥の真似をしたのだろうか。さっきから向こうの森に、甲高くはしゃぐ声が聞こえていたのは知っている。
冬場特有の高く青い空、夏ほど肌に痛くはないどころか柔らかく撫でるような優しい日射し。自分は心が洗われる気がするけど、この人は安らがないのかなあ。
カカシに聞いてみようと隣を見れば、間近でまだじっとイルカの顔を見詰めている。
あ、なんか今告白めいた事を言われたんだ。でも答えを求める訳でもないようだから、流しちゃっていいかな。……駄目だ、しっかりと聞いてしまった。
イルカの耳がゆっくりと染まっていく。カカシは言いたい事を一度に全部言う為に夢中になって、それに気付かない。
「職業柄夜は怖くない。寧ろ落ち着きます。柔らかな毛布に包まれるように、今貴方の側にいるように。」
更に溢れる言葉を続けようとしたが、ふと俯くイルカの真っ赤な耳を見たカカシは開いた口をそのままの形で止めた。
あれ、今オレは。皆夜より昼間の方が好きだって言うけど、オレがおかしいのかなって聞こうとしてただけなのに。
「……言っちゃった。」
掠れた声でぼそりと呟く。
死ぬまで隠しておこうと思っていた。イルカに絶対に迷惑をかけたくなくて、はたからは仲の良い友人として見られるように振る舞ってきた。これからもずっと、イルカが結婚しても友人として隣にいられれば良いと思っていた。
筈だった。
だった、のに。
口元を押さえてカカシはイルカとは逆の方を向く。顔を見られたくない。イルカの顔も見たくない。
蔑む目をしていたらどうしよう。馬鹿な事をと笑われたらどうしよう。
けれど。
「俺ってあたたかいんですかね。カカシさん、確かめてみて下さい。」
言葉とともにイルカの手がカカシの手に伸びて、その指先をそっと握った。
そろそろとイルカの顔を窺うと、耳と同じくらい頬を染めて潤んだような目でカカシを見ている。目が合えばふっと口角を上げて微笑んでくれた。
「……それって、どういう…。」
恐る恐る聞き返すとイルカはただ確かめてみてと繰り返し、握る手に力を籠めた。するとカカシはきゅっと唇を引き結び、手甲を外したままの手をゆっくりイルカの手から抜いた。あ、という残念そうな声に緩く笑うと向い合わせに手のひらを合わせる。されるがままのイルカの手は、力を抜いて無防備だ。
カカシはその指の間に自分の指を差し込んで、離れないようにと握り込む。
誰かに見られたら変な光景だが、流れる雰囲気に何かを察するだろう。
「あたたかい。」
カカシの内に何かが流れ込んでくる気がした。胸の辺りが熱を持って、涙が目尻から零れ落ちそうになる。
「カカシさん。もっとあたたかくなるから俺を抱き締めて。俺もあたたかくなりたい。」
「抱き締めたら、もう離せなくなるよ。」
「死ぬまで離さないで。」

それから夜を抱く腕だけは傷もつけられないとカカシは戦い方を変え、両腕だけは必ず無傷で帰るようになった。
夜ってなんだ、という問いにはオレの命だよ、としか答えずに両手を胸に当てて祈りを捧げるように項垂れたそうだ。
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